1961.11.12(日) ヰタセクスアリス?
正午まで英語の予習してから学校へいてみたが、つまらないので病院へ回ることにした。
大盛堂前のバス停で待っていると、前からそこに居た30代と覚しき婦人(あまり感じよくなかった)が、"ここから八重洲口行きが出ますか・・" と問いかけてきた。 "ええ" 暫くして "此処から出るのは、皆八重洲口行きじゃないですか" と答えると、急に "一寸付き合わない?" と誘いかけてきたのには驚いた。
しかし、それにもましてショックだったのは、それに対して僕が無視できない誘惑を感じたことであり、それをきっぱりと(丁度 P がいつか山手線の中で見せたような態度で)断れず、・・・・・ 未練がましく即答を避けたことである。 幸い、脈なしと見て向うで諦めて行ってしまったから良いようなものの、あのまま付いて行ったらどんな事になったかと思うとぞっとする。
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あれやこれや考え合わせると、最近の僕は何か不安定で、いつ誘惑に負けるかも知れない危険に曝されているような気がする。
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ともかくしっかりしよう。
(注: 小・中学校時代の級友の中には、いわゆる赤線地帯で育ち、店の "お姉さん" 達に "可愛がられ" ながら育った者もいるから、別にその手のことに無知だったわけではない。 しかし、体験と言う意味ではまったく晩熟というか、引っ込み思案だった。
病院とは母が子宮筋腫の手術で入院していた慈恵医大付属病院のことである。)
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