2010年9月24日金曜日

1960.9.22(木) 前期の期末試験

辻さんの試験で若槻と同じ間違いをやって意気投合してから、原さんの哲学を受けるため、愉快に歌を唄いながら事務所のほうへ行こうとした所二十米ばかり先を向こうへ歩いて行く女の子の後姿がどうも MK さんらしいので暫く足を止めて見送っていたら、何気なく一寸振り向いた顔はやはりそうだった。 夏休み前から実に二月近く会っていなかっただけに、そんな一寸したことが思いがけないほど心を慰めてくれた。

(注: 当時の前期末試験は、夏休みの後、9月に入ってから実施されていたことを改めて思い出した。 今でも東大ではそうしているのだろうか。 辻さんというのは独語の教授でテキストはたしか "Zweik" の ”Es gibt Nichts neues im West” だったと思う。 若槻というのはクラスでも一二を争う好男子で、誰かの話では、ハイクラス美人女優の代表格だった司葉子の従弟ということだった。 私のクラスには他にも有名人の親戚がゴロゴロいて、東大と言うのは本当にすごい所だと思った。 前にも述べた江田五月は社会党構造改革派の盟主江田三郎の長男だったし、他にも水産庁長官の息子がいるなど、田舎者の私などは目が眩むような思いだった。 また、その年の暮れだったか、芸大大学院のトップだった東久雄の姉、敦子さんがイタリー政府の招待留学生として渡伊するにあたり、九段会館で大リサイタルを挙行するというので誘われて聴きに行ったのを覚えているが、まさか、後年あれほどの大ソプラノ歌手として名を馳せることになるとは、仲間の誰も想像しなかったのではなかろうか。 そんな煌びやかなキャンパスの片隅で、時々目にする MK さんの姿に一喜一憂していた自分は一体何だったのだろう。 )

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