2012年2月12日日曜日

1960.11.20(月) 法学部志望の級友達と

学校へ着いたのが10時半頃、英吾は始めからサボる心算でプリントを持っていかなかった。
一度、渋谷へ戻って早慶ゼミでも見てこようかと思い道玄坂の方へ行ってみたが、見つからないので諦めて学校へ戻り、散髪をして貰うことにした。

3限の始まる前に、武藤、堀篭、宇田川の3人とお茶のみ場から900番へ行く途中、本館から出て600番の方へ行く P を見た。
4限の始まるまで、900番で "人を殺したものは" の "人" には自分も含まれるのかどうか、とか "条約と憲法の関係は" どうなのか、と言ったような問題について大いに議論した。 なかなか愉快だった。

(注: 前段の早慶ゼミの件はまったく記憶に無く何のことやらさっぱり思い出せない。
後段の3人は、全員法学部進学組で、私のように経済学部進学が決まっていながら、いつも法学部組と行動をともにしていた男は、そんなにいなかったのではないかと思う。 もっとも文科一類800人中、550人くらいが法学部へ行ったのだから、以前からの仲間が4人集まれば、そのうち3人くらいが法学部組だったとして、何の不思議も無かった。 私の場合は、それが4人までそうだっただけのことである。 このとき青臭い議論をしていた一人、堀籠幸男が、後年、最高裁判事になり、政局の急変が無ければ、そのまま長官になるはずだったのだから、まさに今昔の感に堪えない。)

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