1962.5.21(月) 本郷の平凡な一日
バスを待っているとき、東に会った。木村さんの講義も聴きたくないので上野へ出、博物館の方を一回りしてきた。3限は眠くて仕方なかった。帰りにバスで吉沢、東と一緒になった。吉沢は、アテネフランセへ行くとのことで、御茶ノ水で別れた。東は駒場に用があるそうで澁谷まで同行した。
今夜、隣室に入った高松さんは非常に感じの好い人で安心した。今日、越してきたそうであるが、今夜の汽車で帰郷し、一週間ばかりして上京するとのことだった。
(注1): 木村さんとは、マクロ経済を講じていた木村健康教授のことである。休講が多いのが取り柄で眠くなるような話し方をするので、真面目に聴講する気になれなかったが、その付けで、慶応、早稲田とのインターゼミでは、彼らの言っていることがチンプンカンプンで付いていけず、馬鹿にされてしまった(多分)。東君はこれまでも何度か触れたが、後の農水審議官、というよりオペラ歌手の東敦子の実弟である。吉沢君は私と同じ経済学部へ進んだが、マルクス経済学一筋の学究肌で、駒場時代のクラスメートとは、殆んど付き合いは無かったようだ。文1-6組のクラス会にも出たことがないので、どうしているかと思って10年ほど前にインターネットで検索したら、甲南大学学長になっていたのでびっくりした。
(注2): 隣室にどんな人が入居するかが気になったのは、下宿先の部屋が3畳一間で、隣室との間は襖で仕切られていただけだからである。
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