2012年2月13日月曜日

1961.11.30(木) 独語会話に誘われる

三語の後で小柳に勧められ、市ヶ谷の学生センターにある独語初歩会話クラスに出ることにした。
先生は、フォン・ライスヴィッツと言う婦人で、なかなか見事な日本語を話す人である。 我々の外には女子学生が3人居ただけだが、他にも2~3人は居るらしい。 小柳の言葉を真に受けてたかをくくっていたらとんでもない。 まったく手も足も出ず、我ながら情けない次第であった。 しかし、何だか大いに楽しくやれそうな気がする。

(注: 小柳というのは、これまでにも何度か触れたが、西武鉄道社長として、自らの良心に従って死を選んだ小柳皓正のことである。 その後、いつ頃まで続けたのか覚えていないが、上達の程はさておき、楽しかったことは確かだ。 役に立ったかと言えば、本郷へ行ってから、学習院高校一年の秀才、鹿園直建君の独語の家庭教師をやった時、多少発音が様になっていたかも知れないということと、後年、富士通時代にドイツ旅行をした時、一日ごとに町の人々の話していることが聞こえてくるようになったことくらいだが・・・)

ラベル:

0 件のコメント:

コメントを投稿

登録 コメントの投稿 [Atom]

<< ホーム