1962.4.9(月) 本郷の初日・・・級友との再会
東京回りで登校。 バスで東と一緒になった。
まずは学生証というわけで事務室へ行ったところ、印鑑を忘れたため貰えず、最初からそそっかしさを暴露してしまった。 前に入試のとき入ったことのある38番教室で、2時間ばかり話を聞いた後、食堂で昼食を済ませた。
ここで、堀篭、山口、宇田川、杉山、大竹に会う。
生協には印鑑がないので、正門前の文房具屋へ行き、60円で買って間に合わせた。
ここで稲垣と一緒になり、また、MKさん(友達と二人連れだった)に行き会った。
午後は、小西、吉沢とコーヒーを飲みながら経済学談義をした後、図書館で少し勉強した。 3時近くなってアテネ・フランセへ行く吉沢が席を立ったので僕も小西と別れ、ゼミがあるはずの部屋を覗いてみたが、全然、人気がないので、今週はやらないのだろうと思って引揚げた。
アーケードを出るとき、外国人の女子学生が来たのと擦れ違ったが、背丈と言い、タイプと言い、Pに良く似ていたのには驚いた。
御茶ノ水駅で定期を買ってから、駿台を覗きに行ったところ、丁度、入学試験の合格者番号が発表され、大勢の学生が群がっていた。
・・・・・
(・・・ 疲れたので以下略)
(注)1: このブログも駒場を去るまでにしておこうかと迷ったが、それでは、いまだに続く経済学部大石ゼミの友人達との数々の思い出の後を辿る機会がなくなってしまうことに思い至って、本郷を終了するまで続けることにした。 それに、法学部へ進学した連中とも忘れていた意外な交流があったかもしれない・・・。
(注)2: 東とは、とくに親しく付き合ったわけではないが、駿台で一緒だったこと、敦子お姉さんの渡欧記念リサイタルに誘われたこと、合ハイに同行したことなど、付き合いべたの私にしては、親近感を持っていた。
堀篭、山口、大竹、稲垣とは、最近も同窓会で何度か会っている。 小西、吉沢は経済学部進学組みで、未だに一度も同窓会に来たことがないが、夫々、一匹狼の理論化肌で、群れ集まるのが子供っぽく見えているのかもしれない。 因みに、小西は後年入社した大手電力会社から日経経済センターやブルックリン研究所に派遣されたし、吉沢は、マル経理論経済学者として大成し、甲南大学長を勤めた。
アーケードのところで擦れ違ったのが、外国人留学生だと思ったのは、駒場ではまれな容姿に見えたからだが、P が化粧した時はあんな雰囲気になったのかも知れないと思うくらい良く似ていた。 法文経1号館のアーケードから工(?)学部の方へ抜けていったので、P であるはずがないと決め込んでいたが、最近TVで所謂、メークの威力を知るに及んで、あるいは?という疑念が湧いてきた。 それにしても一体何の用があって・・・
駿台予備校の入試発表風景は、東大のそれ以上の熱気に沸いていた。 3年前の自分を思い出して、感慨無量だった。
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