1961.6.16(金) 夢のまた夢
散髪してもらおうと思って行ってみると5~6人先客がいる。 40~50分待っても埒が明かないので諦めて戻ってくるとアーケードの方へ P が行くのが見えた。・・・
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・・・30番あたりで擦れ違ったが、その時の彼女の態度がまた実に意外と言うか、驚くべきものだった。 いつも浩然と胸を張って歩いている彼女が、僕に近づくや急に気弱そうに視線をそらし、恐らくは用もないのに腕時計をもっともらしく見たり、・・・・ 狼狽したような素振りを見せたのである。 これは一体どういうことだろうか。
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・・・恐らくは驕慢な、とばかり思っていた彼女があんなしおらしいと言うか純でいじらしい態度を見せるなどと言うことは、それこそ夢想だにもしなかった・・・
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さて、語学の時間、杉山と例の如く話をしたが、S が、H某と言う名前であることが判った。 とにかく彼らのために幸多からんことを願うのみである。
2学期までの通算成績が思いのほか良かったのでほっとした。(239番)
これなら大威張りで経済学部へ行けるというものである。
生協主催の音楽会(9大)に出てみたが思いのほか良かった。 しかし、せっかくの音楽会にあれだけしか聴衆が集まらなかったのは残念だった。
(注1) P とは例のパラソルをさしていた女の子のことである。 S とはインスタントコーヒーを喫していた女の子のことである。 二人とも目立つ存在だったが興味の対象ではあっても惹かれるというような気持ちまで行っていなかった。 S は杉山が本気で付き合おうとしているようなので、以後、あまり気にすることもなくなっていったが、P には次第に惹かれるようになって行ったことは確かである。
しかし、なぜか MK 嬢を含めて、所詮、遠くから想うだけの縁に終わる予感があった。
(注2) 239番というのは、800人中の順位であり、この位置にいたら、法学部へ行けると言って喜ぶのが普通だった時代であるから、我ながら大方のクラスメートとは、ずれた意識の持ち主だった。
(注3) 9大とは9番大教室の略だったと思う。 出席者が少なかったのは、皆、夫々の集まりの場を持っていて、私のように一人で構内をうろついているほど暇ではなかったからだろう。
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